福岡市にて2015年の12月22日から社会実験が開始された「JTBジェロンタクシー」について、既存のビジネスモデルを克服しようとする戦略を考察したいと思う。この「JTBジェロンタクシー」は、満70歳以上を対象とした高齢者向けの月額定額乗り放題タクシーサービスである。2016年1月28日のテレビ東京「ワールドビジネスサテライト」にて紹介されたため、一気に認知度が高まった。

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上記画像は、プレスリリース資料として公開されているものだ。実際のプレスリリース記事は、下記リンクを参照いただきたい。

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JTBジェロンタクシーの概要

月額定額乗り放題タクシー「JTBジェロンタクシー」の概要は以下のとおり。JTB公式サイトに掲載の情報 を元にピックアップしてみた。

  • サービス提供者:株式会社JTB九州
  • サービス名:JTBジェロンタクシー(Geron Taxi)
  • 社会実験段階
  • 福岡市東区・博多区・中央区限定
  • 満70歳以上の高齢者限定
  • 自宅を含めた3地点間の移動に限定
  • 月額定額料金は税込28,000〜68,000円

また「ジェロン」という名前の由来については、高齢社会に対する社会的問題解決に向けた取り組みである「ジェロントロジー研究」に由来している。

ジェロンタクシーの語源はギリシャ語から派生した老齢を意味する「geront-」と学問の接尾辞「-logy」を組み合わせた言葉「Gerontology(ジェロントロジー)」。ジェロントロジー研究は、医学、法学、経済学、社会学等を集成し、学問の領域を超えた取り組みにより高齢を前向きに捉えて安心で豊かな活力ある高齢社会の実現を目指した様々な社会課題解決に向けた取り組みが進んでおります。(公式プレスリリース 2015/12/22 より引用)

つまり、高齢者の移動という社会的課題を解決するための、タクシーによる月額定額制の移動サービスとなる。窓口としてはJTB九州となるが、タクシーの配車は「大稲自動車株式会社」と「西日本自動車株式会社」が行っている。

タクシー業界の「定額」は2地点間における定額制

今までにこのようなサービスが存在していなかったのか確認するため、筆者は「タクシー 定額」というキーワードで検索を行ってみた。その結果、タクシー業界にて「定額」が意味することは「月額利用料の定額」ではなく「2地点間の定額」だということが分かった。例えば、A駅からB空港までの移動は、道路がどれほど渋滞していようが空いていようが「定額」ということだ。

タクシー業界は「移動時間」と「移動距離」を組み合わせた距離と時間による従量課金制を採用しているが、「移動距離」のみの従量課金にすることを指して「定額」と表現しているのである。

ではなぜ、タクシー業界では「移動時間」と「移動距離」の両方において定額制にせず、「移動距離」のみの定額制サービスの提供が中心となっているのか? その理由として、「時間」に対する不確実性の高さと、経済学的「非競合性」の欠如にあると考えられる。

タクシー利用者の「時間」に対する不確実性

これまでタクシーの月額定額サービスが少ない理由の1つとしては、利用する「時間」に対しての不確実性が高いことによる。同じ客が、同じ場所から、同じ距離をタクシーで毎日移動することは少ない。タクシーの利便性は、早朝でも深夜でも、不確実な時間で利用できることに利点がある。その時間の不確実性が、料金に反映されている。

一方で、多少の制限があっても、電車やバスを利用すれば安価に代替することが出来る。利用客が時間に対する確実性を高め、時刻表通りに、決まった移動時間で決まった場所にしか降りれない。つまり「時間」に対する不確実性を排除することで、そのサービスをパッケージ化して販売することが出来る。それが月額定額の電車やバスの定期券である。

タクシーはサービス「時間」に対しての不確実性が高いことから、「移動時間」を定額パッケージ化して販売することが非常に困難なのである。

タクシーが持つ経済学的「非競合性」の欠如

もう一つの理由としては、経済学的「非競合性」の欠如である。例えば1台のタクシーを誰かが利用している時に、他の客は利用できない。そのサービスの提供が完了するまで、他の客はサービスを利用することができない。これを「競合性」がある状態と呼ぶ。

逆に、電車などの交通機関は1車両につき同時に1人が利用しても100人が利用してもコストはほぼ変わらない。物理的な限界はあるにしても、同時に利用できる人数が多く、経済学用語「非競合性」のある公共財としての性質を持つ。これが電車やバスが公共交通機関と呼ばれるゆえんである。

「非競合性」が高い公共交通機関は、ある1人の客の移動ルートを固定化させた場合も、他の客も同時に利用することが出来る。よって、特定の地点から別の地点までの移動を定額で提供できる。

さらに、異なる2点間の移動をする客が同時に1つの車両に存在することも可能だ。つまり、A駅とB駅を毎日移動するXさんと、A駅とC駅をB駅経由で移動するYさんは、同じ車両に乗り合わせることが出来る。

これらの特徴から、多くの公共交通機関は「移動時間」と「移動距離」を同時に定額にすることが可能である。一方で、タクシーは異なる2点間の「移動距離」のみを定額パッケージ化することが可能だが、前述の「移動時間」は同時に定額パッケージ化することが困難なのである。

利用者層を絞ることで「時間」に対する不確実性を低減

今回の「JTBジェロンタクシー」は、概要で挙げたように様々な制限を加えることで「時間」に対する不確実性を減らし、月額定額サービスの提供を可能にしたと思われる。

移動範囲を限定する

今回の社会実験では、地域が福岡市東区・博多区・中央区限定に限られている。移動可能な地域を絞り込むことで、「移動距離」だけでなく「移動時間」を制限することが可能になる。そもそも3地点間で移動が限定されるが、サービス提供範囲が一定地域内に収まれば、車両の移動を予測しやすくなり、月額定額化の可能性を高める。

利用者の年齢を制限する

「JTBジェロンタクシー」は高齢者向けということで、満70歳以上に限られている。年齢が限定されれば、移動する範囲もある程度限定される。これは高齢者の行動範囲が小さいというわけではなく、複数の利用者層が同一サービス内に混在していないため、サービスの提供範囲が予測しやすくなるということである。この制限も月額定額化の可能性を高める。

既存ビジネスモデルを克服するための戦略

タクシーの月額定額乗り放題サービスは、誰でも思いつくアイデアであり、電車やバスなどの他の交通サービスでは実現されているものだ。しかし、タクシー業界には上記で挙げたようなハードルがあり、容易に実現することが困難であった。

今回の「JTBジェロンタクシー」では、既存のタクシー車両とその非稼働時間という経営資源を活用し、高齢者というターゲットに絞り込むことで戦略遂行を可能にしている。地域が抱える課題と高齢者のニーズを上手く解決しながらも、利用者の利便性をほとんど損なわない戦略として練り上げたのである。

他サービスのビジネスモデルを適用することの難しさ

高齢者向けの月額定額乗り放題タクシー「JTBジェロンタクシー」は、非常にキレイな形で解決の糸口を見つけたように思える。他の業界でも、別の業界では当たり前のビジネスモデルを、なぜか適用できないケースが多々存在している。そこには何かしらの困難な理由が存在しているはずである。

「JTBジェロンタクシー」は社会実験が始まったばかりなので、今後もビジネスモデルなどは変化するかもしれない。しかし今回の月額定額乗り放題タクシーサービスは、いままで困難だった状況をどう解決し、戦略として落とし込むべきかを考える好例になることは間違いないだろう。



About 古市 大三

ダイゾーコンサルティング株式会社 代表取締役。日本経営士会認定 経営士、WACA認定 ウェブ解析士マスター、および経済産業省認定 応用情報技術者。7年の在米生活を経て、帰国後に起業。WEBデザイナー兼ディレクターを経て、WEBコンサルタントに転向。現在は戦略経営コンサルタントとして活動。その他、セミナー講師やウェブ解析士認定講座の講師も務める。