もし供給の起点から最終顧客まで、人間がまったく販売に介在しない状況が作れるのであれば、販売連鎖に労働力の市場は存在しないだろう。しかし、実際は販売連鎖の過程で、必ずどこかに人間が介在している。機械やプログラムによる自動売買しか存在しない市場があったとしても、その機械やプログラムを生み出した人的な労働力が存在している。

人間の存在しない市場

言い換えれば、特定の市場においては、事業者と顧客は必ずしも人間である必要がない。さらに、人間ではない事業者と、人間ではない顧客しか存在しない市場でも、複数商品と販売意志が存在すれば「販売」「市場競争」「販売促進行為」「マーケティング」のいずれもが成立する。たとえ、それが全て人間の作り上げた仮想世界のプログラム上の存在であったとしても成立する。

そして人間の介在しない市場の外、つまり販売連鎖で繋がっている市場には、必ず労働力の市場が存在する。非人的労働力を生み出すための、人的な労働力が必要になるからである。たとえ、事業者が一人の場合でも、自身の属する組織に対して、自身の労働力への対価を支払わなければ、生命を維持できない。

労働力のみの販売連鎖

一見したところ、人的な労働力しか存在しない販売連鎖が成立するようにも思える。つまり、人間の生物として備わっている機能を、他者のために利用し、その対価と引き替えるという労働力の単純な販売である。

しかし、人間は社会性を持ち合わせており、現代社会では純粋な生物としての人間は、市場が存在する社会の営みに組み込まれない。つまり、山でオオカミに育てられた人間が一糸まとわずに、純粋に労働力のみを販売することが可能であるかということである。通常は、道徳的あるいは倫理的に問題があり、継続的な販売連鎖の存在は難しいだろう。また、単純に肉体のみではなく、衣服や道具などが必要になる。

一方、人間以外の動植物については、労働力のみの提供が確認出来る。しかし、その労働力のみで販売連鎖を構成することは難しいだろう。例えば、牧羊犬などである。牧羊犬は羊や牛を追いかけるという労働力を販売し、その対価として食事や住処を得られる。牧羊犬は鎖で繋がれておらず、労働力の販売意志がなければどこにでも行ける。つまり、その牧場にとどまっている以上は、労働力の販売意志を示していると解釈できる。ただし、牧羊犬に管理された羊や牛は、その乳や肉、皮や羊毛を販売する市場の販売連鎖に組み込まれており、人的な労働力が介在する。

これらのように、人間社会に存在する販売連鎖は、人的な労働力を必要としている。そして、常にその存在を意識せざるを得ないのである。



About 古市 大三

ダイゾーコンサルティング株式会社 代表取締役。日本経営士会認定 経営士、WACA認定 ウェブ解析士マスター、および経済産業省認定 応用情報技術者。7年の在米生活を経て、帰国後に起業。WEBデザイナー兼ディレクターを経て、WEBコンサルタントに転向。現在は戦略経営コンサルタントとして活動。その他、セミナー講師やウェブ解析士認定講座の講師も務める。