アンゾフの製品市場マトリクスとは、「製品ライン」と「市場(製品使命)」の二つの視点を軸に、企業の多角化を分析し「製品市場戦略」と呼ばれる多角化成長戦略を導くためのフレームワークである。導かれる戦略オプションは「市場浸透戦略」「市場開拓戦略」「製品開発戦略」「垂直多角化戦略」「水平多角化戦略」「外側多角化(がいそくたかくか)戦略」の6つに分類される。

日本では「アンゾフのマトリクス」「アンゾフの成長マトリクス」「アンゾフの成長ベクトル」などの呼び名で認知されているが、1957年に発表された論文の中にはそのような記述は存在しない。正式には「製品市場戦略(Product-Market Strategies)」の図またはマトリクスとなる。

スポンサーリンク

製品市場戦略の概要

1957年に、イゴール・アンゾフによってハーバード・ビジネス・レビュー誌に寄稿された論文「Strategies for Diversification(多角化のための戦略)」で「製品市場戦略」による企業成長の多角化戦略が発表された。その中で「Product-Market Strategies for Business Growth Alternatives(事業成長代案のための製品市場戦略)」として示されたのが、当該マトリクスと4つの製品市場戦略(うち1つは3つの戦略に分解される)である。

事業成長代案のための製品市場戦略

なお、日本語に翻訳された文章は、ダイヤモンド社出版の「戦略論 1957-1993」の第1章「多角化戦略の本質」で確認出来る。日本で「アンゾフの〇〇マトリクス」という呼称が広まった理由としては、日本語訳された際に当該マトリクスの図に「アンゾフ・マトリクス」と名前が充てられたことが大きい。また、日本語訳版は原著論文で使われている言葉を反映していない箇所があるので、まず原著「Strategies for Diversification(多角化のための戦略)」を検索して読むことをおすすめする。

製品市場戦略の軸

製品市場戦略に使われるマトリクスの軸は「製品ライン」と「市場(製品使命)」である。1950〜1960年代に提唱された概念のため、製造業における多角化を想定している。

なお、アンゾフのマトリクスは簡略化された2×2のマスで表現されることが多いが、本来はマス目は「製品ライン」と「市場(製品使命)」を掛け合わせた数だけ存在している。よって、幅の広い製品ラインを有している企業は、組み合わせも大量に存在することになる。

製品ライン

ここでの製品ラインとは、製品に関連する次の2点つの要素を指している。

  • 物理特性(サイズ、重さ、素材、耐久性など)
  • 性能特性(航行速度、航続範囲、限界高度、積載量など)

これらの製品は、顧客の抱えている単一または複数の使命を果たすための補助を行う。

市場(製品使命)

ここでの市場とは、製品自体が果たすべき役割である「製品使命(製品ミッション)」ごとに区別された市場である。注意しなければならないのは、市場が顧客を指しているわけではないことだ。アンゾフは、理由として「a customer usually has many different missions, each requiring a different product(顧客はしばしば複数の異なる使命(ミッション)を抱えており、それぞれ異なる製品が要求される)」と文中で語っている。

よって「市場」という軸があるように思えるが、実際は「製品使命」を表していることに注意しなければならない。「製品使命」に基づく市場とも言い換えることができる。

6つの製品市場戦略

アンゾフの提唱する製品市場戦略は、まず「市場浸透戦略」「市場開拓戦略」「製品開発戦略」「多角化戦略」の4つに分類される。そのうち「市場浸透戦略」「市場開拓戦略」「製品開発戦略」は事業戦略である。そして全社戦略レベルで採用される「多角化戦略」は、「垂直多角化戦略」「水平多角化戦略」「外側(がいそく)多角化戦略」3つに分類される。

市場浸透戦略(Market Penetration Strategy)

製品使命に基づいた既存市場において、その使命を果たすことができる既存製品を浸透させる事業戦略である。売上の向上や新規顧客の開拓に主眼が置かれる。

市場開拓戦略(Market Development Strategy)

既存の製品ラインを利用、または物理特性や性能特性などの製品特性にわずかな変更を加えた上で、別の市場が持つミッションに対応しようとする事業戦略である。例としては、宇宙に物資を運ぶためのロケットに変更を加え、有人飛行が可能なロケットで人を宇宙ステーションに運ぶ事業に進出するなどが考えられる。

製品開発戦略(Product Development Strategy)

新しく今までと異なる製品を開発することで、既存の製品使命に対応しようとする事業戦略である。例としては、宇宙に物資を運ぶロケット輸送事業から、軌道エレベーターで物資を宇宙に運ぶ事業に拡大するような場合が考えられる。

垂直多角化戦略(Vertical Diversification Strategy)

サプライ・チェーン(供給連鎖)の上流または下流の工程や部品生産に多角化する全社戦略である。今までとは異なる製品ラインで異なる製品使命に対応しようとする多角化戦略の一つであり、垂直統合を検討し範囲の経済性を見込む戦略となる。垂直統合の過程で、新しい技術やノウハウも取得することが出来る。

水平多角化戦略(Horizontal Diversification Strategy)

自社のノウハウや技術が適用できる領域で、新しい製品を開発し新しい製品ミッション(市場)に進出しようとする全社戦略である。解決すべきミッション(使命)が異なるが、内部に蓄えた経営資源を有効活用しながら多角化を行うことになる。

外側多角化戦略(Lateral Diversification Strategy)

今までに作ったことのない製品で、まったく畑違いの製品使命(市場)を満たそうとする全社戦略である。その事業構造から「集成的多角化戦略」「コングロマリット型多角化戦略」とも呼ばれる。最も大きな可能性を秘めているが、最もリスクの高い多角化戦略である。前述の垂直多角化戦略や水平多角化戦略が、限定的な多角化戦略であることに対し、外側多角化戦略は「外側に開かれた戦略」と表現される。

なお「Lateral」とは、樹の幹の側面から枝葉が伸びていくような状態を表す言葉であり、「側面」や「外側(がいそく)」という言葉に置き換える事ができる。「集成的多角化戦略」と記される場合があるが、これは「コングロマリット」と同義の「集成」という日本語に置き換えたものである。よって、本来の「Lateral」の意味合いは含まれていない。

ダイヤモンド社の「戦略論 1957-1993」では、原著論文の「Lateral(側面、外側)」が「集成的」という言葉に置き換わっており、原著の意味と異なる事を留意する必要がある。



About 古市 大三

ダイゾーコンサルティング株式会社 代表取締役。日本経営士会認定 経営士、WACA認定 ウェブ解析士マスター、および経済産業省認定 応用情報技術者。7年の在米生活を経て、帰国後に起業。WEBデザイナー兼ディレクターを経て、WEBコンサルタントに転向。現在は戦略経営コンサルタントとして活動。その他、セミナー講師やウェブ解析士認定講座の講師も務める。