マズローの欲求段階(Maslow’s hierarchy of needs)とは、1942年に学術誌「サイコロジカル・レビュー」に掲載された「A Theory of Human Motivation(人間動機理論)」という論文の中で紹介された理論である。日本では「欲求階層」「欲求五段階」「五段階欲求」などとも表記される。マズローは利己的な欲求の階層を「生理的(Physiological)」「安全(Safety)」「所属と愛(Belongingness and Love)」「尊重(Esteem)」「自己実現(Self-actualization)」の5つの言葉で表した。
加えて、1970年頃には、自己を超えた利他的で精神的な欲求である「自己超越(Self-transcendence)」も加えて6つの階層として展開され、トランスパーソナル心理学へと繋がる。現在では、階層の不可逆性など疑問が持たれる理論であるが、後のモチベーション理論の発展の礎となっている。
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5つの欲求段階
1942年に発表された論文では、下記の5つの利己的な欲求階層が示された。
- 生理的欲求(Physiological)
- 安全欲求(Safety)
- 所属と愛の欲求(Belongingness and Love)
- 尊重欲求(Esteem)
- 自己実現欲求(Self-actualization)
またこれらに加えて、下記の利他的な欲求が存在する。
- 自己超越欲求(Self-transcendence)
生理的欲求が最も低次的な欲求とされ、自己実現欲求が最も高次な欲求とされる。これらの5つの階層はピラミッドなどの図で表現されることが多い。この中でも「生理的欲求」「安全欲求」「所属と愛の欲求」「尊重欲求」は他者しか満たすことが出来ない「欠乏欲求」とされている。一方、「自己実現欲求」は自己努力で満たすことが可能で有り、満たされることでより一層欲求が強化される性質を持っている。
下位(低次)の欲求が満たされることで、より上位(高次)の欲求が生まれると言われており、不可逆な階段状に移り変わることから、日本語では階層ではなく「段階」と表現される。現実的には低次の欲求が満たされない場合でも、自己実現や自己超越といった高次の欲求が生じるので、不可逆な特性には疑問が残る。その他、科学的根拠の乏しさや実証性の低さも指摘されている。後のモチベーション理論の発展も踏まえると、「マズロー氏が1942年に提唱した概念」として理解するよう、注意が必要である。
生理的欲求(Physiological)
食欲、性欲、睡眠欲など三大欲求に代表されるような、人間の生存に関わる原始的・本能的な欲求である。例としては、腹が減ったから何か食べたい、など。
安全欲求(Safety)
生命の危機を避けるための安全性を求め、安定した状況を確保するような欲求である。例としては、路上で寝るのは嫌だから宿に泊まりたい、など。物理的・肉体的な安全性については、アルダファーのERG理論の「存在欲求(Existence)」に相当し、対人的な安全性については「関係欲求(Relatedness)」に相当する。
所属と愛の欲求(Belongingness and Love)
社会的欲求とも表現される。集団や社会に所属し、他者によって愛情を満たすことを求める欲求である。例としては、ひとりでは寂しいので社会人サークルに属したい、など。
尊重欲求(Esteem)
自尊欲求や評価欲求などとも表現される。他者から尊重されたり、敬意を表されたりすることを求める欲求である。言い換えると、他者から自己の価値を評価してもらいたいという欲求でもある。例としては、仕事において自分の実力を認られることで尊敬されたい、など。対人的な尊重欲求は、アルダファーのERG理論の「関係欲求(Relatedness)」に相当し、自己成長に対する尊重欲求は「成長欲求(Growth)」に相当する。
自己実現欲求(Self-actualization)
自身が何かを成し遂げたい、あるいは自分の限界を目指したい、などという欲求である。自分が持てる能力を最大限に引き出すことで、理想の自分を実現したいと考えている状態である。例としては、自分の専門性を高めるために大学院に進みたい、など。
自己超越欲求(Self-transcendence)と社会的使命
利他的であり、利己的な欲求を超えて他者のために何かを成したいというような欲求である。自己の領域の外にあるゴールを実現すること、自分自身を見つけることが出来るとも言われる。マズロー自身が、自己実現欲求について批評し、晩年に追加された高次概念として知られる。宗教学や哲学において共通点が多く見られる概念であり、マズローはトランスパーソナル心理学として研究を行っている。
経営においては、経営者が抱く社会的使命感などが自己超越に該当する。経営者や創業者が、事業以外の分野でも私財や経営資源を投じて社会貢献を行うことは、珍しいことではなくなっている。利己的欲求が充分に満たされた状態であれば、利他的欲求が生じる機会が増加する傾向にある。また、利己的欲求が満たされていない場合でも、社会的使命感や自身の存在意義において自己超越欲求のような利他的欲求が生じることがある。程度が強まれば、自己犠牲による利他追求も行われる場合がある。自己超越欲求は、自己実現欲求とも関係性が深く、心理学として研究されている分野である。